遠州大念仏について
遠州大念仏を「トッタカ」と呼びます。これは、この地方にもともとあった虫おくり行事のような民間習俗と、13世紀ころより一編上人を中心として各地に広められた念仏踊りとが合体して、宗教的色彩を帯び、この地方独特の郷土芸能として成立したものと考えられます。現在では初盆の供養として大念仏が踊られますが、江戸時代の農村にあっては数少ない娯楽のひとつであったと思われます。「トッタカ」という名の起こりについては定かではありません。
この大念仏はお盆の日になると、下図のようにトッタカを踊る組の長老から選ばれた頭先を先頭にして、笛・太鼓・鉦の音に合わせて行進(道中)します。初盆の供養をする家では、トッタカを踊ってもらうため組へ引手をむけて頭先と交渉をします。回向(供養)することが決まると、引手は組を施主の家へ案内します。このとき、行進している人は、左手に持っていた提灯を右手にかえて庭先に入ります。庭先では太鼓を中心にして、そのうしろに双盤を置いて、音頭取りに合わせて念仏や「うたまくら」を唱和します。そして太鼓を勇ましく踊るように打ち鳴らして、初盆の家の供養を行います。
回向のため大念仏を踊ることを「大念仏を一庭もうす」と言います。
遠州大念仏・行進見取図
引手(ひきて)
施主の依頼を受けて、初盆の供養のため、大念仏を踊ってくれるよう頭先と交渉し、家まで案内する。
頭先(かしらさき)
三葉葵の紋付羽織を着て,,衿章を付け、組を誘導する。回向(供養)の依頼を受け付けたり他組との交渉にあたる。、
頭(かしら)
「ひんどうろう」とも呼ぶが、これには武田信玄が犀ケ崖に転落した武将を見ようとして、冑(頭)の鉢に火を入れ、槍の先につるして谷底を見たという言い伝えがある。赤白の布は、「死出山」と呼ぶ。
幟(のぼり)
武将の旗指物をかたどったもので、組の標識としている。
双盤(そうばん)
笛(ふえ)
摺鉦(すりしょう)
太鼓(たいこ)
供回(ともまわり)
押し(おし)
2個の鉦を並べて、布を細く切って束ねた撞木(しゅもく)で打つと、それぞれの音が調和して独特の音を発する。地獄の闇魔の門はこの音で開くと言われています。
6穴の横笛で、笛の音に合わせて行進、施主の家へ入場、退場する。
小さな鉦のことで、主として笛とともに行進(道中)のとき打ち鳴らします。
4個一組で用い、太鼓を打つことを「きる」という。きり方には8拍子と16拍子があり、調子に合わせていろいろな踊り方をする。
揃いの浴衣を着て、手甲脚半に草履を履き、管笠をかぶる。通常左手に組名入りの提灯を持つが、回向を引き受けると右手に持ち帰る。
行進(道中)の秩序を整える。